Oh!!What a day!!!
バハ丸出しの私の10年、「覚悟しろよお前ら!俺の日記は正確だゼ!」
嘘です、てきとーに書いてます。
それにしても、初めての俺ってば、赤面連発。
1988年(初めてのバハ)
がーーっ、
こんなに長く書くなんて。

#2 /#3 /#4 /#5 /#6 /#7 /#8/#9

#1
出発日前日まで徹夜をして渡航に関する必要な手続きをしつつ長期休暇のために本職をこなす。
元々は一番気軽な立場のはずが、激しいプレッシャーを背負ってこの日を迎えることとなった。
空港に来る間に一度嘔吐した、到着後もう一度嘔吐した。

体調は最悪、機内に入って空を飛び始めるとやっと気持ちが落ち着いた。
もうすぐ韓国、そこで3時間も待たされてやっと目的地のロサンゼルスに向かって飛ぶことができる。
体調は妙に良くなったが気分は相変わらず重い。
さっきまで横ではしゃいでいた連れの二人は激しいイビキと歯ぎしりでよく寝ている。

全く持って何でこんな事になっちまったんだろう。
「明日で三十、か。ため息がでるね」初めてのバハ1000、レースどころかアメリカ本土も個人旅行も全てが初めてだった。

10年一昔の時を経て今明かされる衝撃の事実!(なにが衝撃なんだか?)
まずは1988年Ensenada to Ensenadaから。
注 やばそうな物及び個人の名誉を害するもの、もしくは他人にひんしゅくを買いそうな部分には蓋をしてあります。

「俺は列ぶのが嫌いだ」入国管理の長蛇の列に列びながら考えていた。
 元々俺は反対だった、全米チャンピオンと同じクラスにエントリーするほど実力があるわけでもないし。
 誰一人として未経験、事前の資料は脳天気な話か地獄を語るがごとく恐ろしい話ばかり。
 でも、みなさんは行きたいという。
 首謀者が我が家の長兄であったことが災いして私は逆らえなかった。
 そーですか、へいへいやりますよ。
 そんな調子で手続きと現地でのドライバーをすることとなった。
 しかし出発のわずか3週間前、3人の出場ライダーの内一人がいきなりバックレ!私が走ることに。
 などと、考えている内に私の審査が回ってきた。
 みなさんご存じの質問がガイドブックに載っている通り、わかりやすく発音されてちょっとおかしかった。
だからなのか、「観光です」と答えるべきところを私はうっかり「オートバイレースに来た」などと口走っていた。
すると、案の定何か早口で質問をされてしまった。もちろんなんだか分からない。

その偉そうな係官の顔を見ると、笑っていた。つまり、敵意はないに違いない。
そう判断した私は親指をグッとたてた握り拳を出して、無意味にかつ不敵な笑いを浮かべてみた。
Good luck!」そういってポンとパスポートにスタンプが押されて入国を許された。
「ケッ、チョロいぜ」などとうそぶきながら荷物を受け取るバゲージクレームを探す。

そういえばと思い振り返ると当チームのエースライダーのK君が審査中であった。
彼はチーム内で一番のライダーであるのはもちろん何でもそつなくこなし、博学で後輩の面倒見なども良く、年長のチーム員からも頼りにされるほどの人物であった。
出発前も「飛行機でクソをするぞー」とか「英会話は気合いですよ」
(多分に椎○ナントカの影響をうけているよーだ)
「アメリカ人も同じ人間同士ですよ」などと言って大変頼もしかったのだが、なんといきなりもめている様子だ。

第三の男I君がその様子を見ていてすっかり緊張してしまったようで、遠目にも焦りまくる様子が見える。
また運の悪いことにK君の審査が終わる直前に開いた左手のカウンターに呼ばれて
すごく底意地の悪そうなおっさんに質問されている。
なかなか解放してもらえない。これはきっと「
君は共産党員か?」と聞かれてイエスと答えて
さらに「
何らかのテロ行為に参加したことはあるか?」と聞かれて再びイエスと答えたに違いないと思い、
カウンターに戻って「この男はトンマに見えるけれどただのバカです」と説明しようとして一歩踏み出したら...

日本語のしゃべれる係官が現れて、すぐに解放されて来た。
アメリカ入国数分ですでに言葉少なくなってしまった我々はやっとの思いで荷物を受け取り空港の外にでることができた。
入国早々大いに意気消沈してしまい我々の初めてのバハ1000はスタートを切った。


#2
すっかり気落ちしてしまってベンチに座り込んだI君に、荷物を見張っているように言い渡し、公衆電話を探してレンタカー会社に電話をした。
レースに使うキャンパーはすでに予約済みだが、キャンパーを取り扱っている会社までの足がいる。
これがまた空港から離れていてちょっと不便なのだ。
なぜ近くの会社を使わないかというと、アメリカからバハカリフォルニア半島まで行くとなると
国境を一つ越えてメキシコに入国する事となる。
つまり借りた車で海外旅行をする事となるのだ。
そうなるとレンタカー先進国のアメリカでも、どこのレンタカー会社の車でも海外旅行OKとはいかない。
従って、今回のように不便でも我慢をしなければならなくなる。
(この問題は後に、大韓航空の直行便就航で到着時間が早くなり、送迎バスを利用できるようになり、一応の解決となる。)

プルルルルッ、ガチャッ。
エイビスレンタカー、メイ アイ ヘルプユー?
「レンタカーを一台お借りしたいのですが?」(妙に丁寧な教科書英語)
いいわよー、ところであんた、カード持ってる?」(妙になれなれしい!)
「は?カードと言いますと?」
カードって言ったら、クレジットカードじゃないさ!
「それでしたら、ビサ社とマスター社のカードを持っております。」
OK、空港から外にでると緑の看板が天井から下がっているのネ
それにはレンタカーって書いてあるからその前でじっとしてるとネ、そのうち、うちの看板が入ったバスがくるから
それに乗って、オフィスに連れてきてくれるわ。もちろんタダよ。
じゃーねー。
」プツッ、ツ―――――――。

「くそっ、なんかペースが違うな。」でもしょうがない、まーだ時差ボケ頭だし、なんと言っても俺の英語は、
中学生の時から進歩も衰退もしていない程度だし。まごまごしていると、三歳児にもなめられそうなのだから。
言われた通りにバスに乗ってオフィスに着くと、先ほどの電話のねーちゃんとはうって変わって愛想のいい
礼節のできたおっさんが対応してくれた。

どのようなお車がよろしいのでしょうか?
「アメリカンカーがいいのですが」どーせならね、普段乗れないし。と思って答えた。
ただいまですと、スープラがありますがいかがでしょうか?
「それはアメリカンカーではないのではないでしょか?」
そっ、そーですね、でもお客様、それ以外ですとカローラになってしまいますが。
「私の言うアメリカンカーというのはですね、マスタングとか、ファイアーバードとかといった車なんですが」
残念ながらスープラとカローラ以外は、現在お貸しできる車はございません。
ここまで来てスープラもないモンダ、「そんじゃ、カローラ・プリーズ」
と言うわけで、日本の名車カローラに乗ってキャンパー屋に行くこととなった。

おっと、ウインカーの代わりにワイパー動かしちゃった、君も覚えがあるよね、
左ハンドルだから、ウインカーとワイパースイッチの位置が、左右逆になっているのだな
日本の車とは。良く覚えておくように。
あー恥ずかしい、などと言いながら通りに出た。

フリーウエイはレンタカー屋の近くだったので、スムーズに信号のない道に乗れた。
K君のナビゲーションで走る。分業制にしないと余裕が無いので、とてもじゃないが
まともに走れない。道を考える余裕なんて全くない。
見るものすべてが珍しく、車の中はとりあえず安全だし、三人とも変にはしゃぎながら
道中を楽しんだ。フリーウエイの105から110に乗り換えて北上、10に乗り換えたら東へ。
 そんでもって“バレー”で降りて、一般道に出たら左、ちょいと走れば左手。
 エルモンテRVレンタル”が見えるはずだった。

 行けども行けども、店はない。つのる不安。いい加減走ってから、人の良さそうな人を
 捕まえては道を聞いて、地図と首っ引きで探した。
 後でわかったことだが、“バレー”は二つあってそのうちの、手前で降りてしまっていたのだった。
 正解は二つ目の“バレー”。やっとの事で目指すレンタル屋の看板を見つけた時は、涙が出るほどう れしかった。
 まったく、行く先の不安を禁じ得ない。

レンタル屋にはいって行くと。日本ではめったにお目にかかれない
巨大なキャンピングカーが並んでいる。ちょっとビビル。カウンターで予約の確認をした。
いざ、これからの3週間の移動手段兼我が家に案内してもらった。
「デカイ!」想像していた大きさをよりもデカイ。一見したところ長さが7〜8m、幅3mと言ったところでしょうか。
中にはベッド、冷蔵庫、電子レンジ、オーブン、机にソファー、トイレにシャワー、冷暖房完備。至れり尽くせりと言った豪華装備。
一通りの説明を受けて。いざ出発と言うところで、「食器や毛布はいかがしましょうか?
いすやテーブルにコーヒーメーカーもありますが。」と聞かれた。高額な借り賃がいるの
ではないだろーか?と勝手に考えた我々は、「毛布だけよろしく」と言って後のものは借りなかった。
これも、後で思い知るのだが、面倒なことになってしまう。

そんなこんなで準備も整い、出発する事にする。
そろーっと道路に走り出す。意外と運転はしやすそうだが、やはり両側の死角が気になる。
信号待ちで時計に目をやると、すでに2時を回っていて、ついでに昼飯がまだなことを
思い出す。すぐ目の前にレストランの看板と妙にだだっ広いパーキングが見えたので、ほとんど反射的にハンドルを切ってしまった。
とりあえず、飯だ!
レストランの大きなボックスシートに座って、やっと、一息つくことができた。
すると、自分がすごく空腹なことに気づく。
ウエイトレスのおばさんが「お飲物は?」と聞いてくる。
テーブルの上にコーヒーカップのようなものが、あらかじめ置いてあったこともあり
何となく、コーヒーを注文してしまう。メニューと一緒に運ばれたコーヒーを啜りつつ、料理を選ぶが
慣れていないせいで、料理名を見てもイメージがわかない。
かといって、ハンバーガーではあまりにも芸がないので、ローストビーフサンドとクラムチャウダーを注文することにした。
これならピンとくる。K君とI君もそれぞれオーダーが決まったようだ。
I君の素っ頓狂な英語での、ウエイトレスとの戦いを眺めながら「なんて、辛抱強いウエイトレスなのだろう」と感心しつつ
地図を広げてみる。
帰りの道は、何とかスムーズに目的地に帰り着きたいので、じっくりと、ルートを確認してみた。

本来、実にわかりやすいアメリカのフリーウエイ。時差ボケの頭で検討してみても
簡単に、帰りの道筋を確認できる。こんなに簡単な道なのに、3人掛かりで間違えた。
「うーむ、さすがアメリカの道、侮りがたし。」
きっと、簡単すぎて油断したのが敗因だったのだろう。勝手にそう決めつけて、
納得しておく。今度は大丈夫。

とか思っていたら、目の前に巨大な固まりが置かれた。「デデ、デカイ!」
ローストビーフなんて、日本では結婚披露宴とか、何となく格式張ったパーティー
なんかで、上品に「ペラッ」と言う感じに出てくる高級な食物だから、まさか、
こんな、巨大な形で目の前に現れるとは思わなかった。
パンが大きく盛り上がり、見事な曲線を描いている。めくってみると、何枚ものビーフが挟まっている。
ものすごいボリュームだ!
それに、付け合わせのポテトなど満艦飾の大盛りだ。ついでにピクルスまでデカイ。
もちろん、他のオーダーのどれもがデカイ、大盛り!

しばし、3人で絶句。「なめられてはイカン」と思い、奮闘するが、相打ちに持ち込む?のがやっとだった。
他の2人も同じ様な物で、I君は好き嫌いが多いせいもあってか討ち死に状態だった。
K君は、さすがに健闘して、ちょっと見は勝利者のようだったが、私は、そっとテーブルの下で、ベルトをゆるめる手が動いたのを見逃さなかった。

突っ張った腹を抱えて店を出る。簡単な打ち合わせをして走り出した。
2台の車に分乗すると言うことは、戦力を分散することになる。情けないことに、
見事に道を間違えた。迷いながら進む。そのうち日も暮れてきて、スーパーなどで
道を尋ねながら、何とか進む。止まっては走り、走っては止まるの連続で、おまけに
「エクスキューズミー、ミスター」と言って話しかけたら、「
あたしゃ、Missよ!」と怒られた。
何とか空港近くまでたどり着き、レンタカー屋の看板を発見したときはうれしくて、泣けてきた。
無事にレンタカーのカローラを返して、今度は本日の宿探しだ。

当初の予定では、キャンパーさえ手に入ったら、どこでも宿になるはずだったのだが。
その辺で眠る勇気がわかず。空港の近くの安そうなモーテルにチェックインする。
今思えば、空港について、キャンパーを借りてくるなんて、午前中で終わる仕事なのに。
このときは、朝の10時から、午後7時までの時間を使ってしまった。

部屋はツインだった。日記を書いていると、リズミカルないびきが聞こえてきた。
いびきの方向を見ると、疲れ果てた2人が眠っている。体の大きい俺に気を使って、
I君とK君は同じベッドで寝ている。しかし、なんか変?よく見ると、ベッドカバーを
身体にかけて毛布の上に寝ているようだ。笑いをこらえて、カメラを取り出す。
ばっちり証拠写真を撮った。何となく楽しい気分で、ベッドに潜り込む。
明日の予定は、XR600を取りに行って、買い出しをして、Mag7のミーティングに備えてサンディエゴに行って泊まる。
「ちょっと無理だったかも?」そう思ってきたら一転して憂鬱な気分になって、それでもすぐに、眠れたようだ。


#3
二日目
どっと疲れているはずなのに朝の6時に目が覚めた。
ぼーっとしながら屋根のない廊下に出てたばこに火をつけた。
薄曇り、カリフォルニアの青い空っーのは嘘だな。
廊下に設置された大きなガラス玉がてっぺんに付いている給水機?から水を飲む。
今日の予定を思い出してため息が出た。
二人も起きてきて、朝の挨拶をする。二人とも妙に明るい。
これが全てをあきらめてしまった人間の空虚な笑いっつーやつだ。
しかし、どんな時でも、シンプルな構造の人間は腹が減る、自動的に空腹のスイッチが
入って腹の虫が鳴く。難儀なことだ。

だーっ、バイクがでかい!
うーっ、キックが重い。SR400 2.5倍−当社比。

バハ=長距離=ハイスピード=600cc
バカだったかも、単純に決めたXR600、乗ったことも無いくせに。
まさしくバハ丸出し。

バイクを取りにいって驚いた、XRは漢の乗り物です。
すみませんでした、大見得張って。

 泣いていても仕方ないので、バイクをキャンパーにつんで走り出す。
 さすがビッグサイズ。積めたよ、バイク。
 積めなかったらどーすんだっツーの。

 インターステートハイウェイ405に乗って、サンディエゴを目指す。
 買い物してたら遅くなっちゃった。
 観光気分が抜けなくて、おーっ、すっげーなどといって
うだうだやってっから、いかんのだな。

市街地をぬけて、30分ほど走る。
6車線の道。
走ったことないっす。
おとなしく隅っこを走らせていただく。てれてれ。
それでも、車は進んでいって、ずいぶんと開放的なところまできた。標識によると目的地まで後、数十マイルらしい。

フリーウエイを降りて、市街地を走る。
道が狭く感じる。実際は広々とした道のはずなのに。
つまり、車がでかい。

あー、道もよくわからん。いったいどこをどう走っているんだろう?
あー、日が暮れてきた、時々「この先右っす。」などと声がかかる。

ひたすら次の指示を待ちながら、おどおど走る。あー情けない。
おっ、ここはさっき通ったような?あーあー。

それにしても腹へったなー、「どうぞ、僕の頭を食べて!」
などといってくれる坊ちゃんもいるわけはなく。

すると目の前に巨大なスーパーマーケットが現れた。
パーキングに車を入れる。
「どーしたんですか?」
「あー運転あきた、一休みして買い物しよう」
提案すると、よっぽど懸命に地図を見ていたんだろう。
青い顔をして「賛成です」と言う二人だった。

毎度おなじみ巨大スーパー、何でもある。
カートを押してうろうろしながら、必要なものを探す。

水、カンズメ、パン、チーズ、米、コーヒー、お茶、毒キノコ、どくとかげ、おっと、違った
なべ、フォーク、ナイフ、トイレットペーパー、ちなみに米は「家宝」が良いと勧められた。

ついでに、コーラとレモンティー(缶入り)も買ってとりあえず終了。

常備薬は日本から持参してるし。

スーパーの中にあるデリ(総菜屋)で、またまたローストビーフサンドを買った。
腹ごしらえをしながら、地図を見る。おかしい、目的地は近いはずなのに?

日は暮れてくるし、どうするかミーティング。
結局、意地でも今日中にミーティング会場を探し出し、明日朝一番で載りこむことに決定。
今夜は、路上生活者だ。

トップり日も暮れて、予想通り大食いのキャンパーに給油をするため
夜のGS、(しかも郊外人けなし)に入ることとなった。

セルフ給油も初めての経験。3人で車から降りて給油ポンプを見る。
じっくりと注意書きを読んでいると、「ウッ」息の詰まるような声。
続いて車に乗り込み、バンッとドアのしまる音。なにかなーと見てみると
其処には、頭から血を流したぼろぼろの身なりのメキシコ系の男が立っていた。
わが同胞は、これを見て息を詰めたのだ。
なにかスペイン語でしきりにしゃべっている。険しい表情。
ゆっくりと手近のドアに擦り寄って、ノブに手をかける。
ロックされていた。詰め寄ってくる男。
GSの親父も、2人も出てこない。私も逃げ込みたい。
じりじりと詰まる間合い。
「ガチャッ」
ロックがあいた、お愛想に引きつった顔で右手を上げて、ご挨拶。
そして、光よりも速く、ダッシュ。

「どーする」薄情な2人に聞いてみる。
「やばいでしょ」
「なんかもってそうだし?」
絶対襲われますよ」
「5分後に、自動的に倒れるんじゃねーか、血ー出てたし」

さまざまな意見が交錯し、結果、ガスの残りが心配だが
(間抜けなことにE線ぎりぎり)
GSをいったん離れることに。

見えるところにほかのGSのネオンサインはない。
しばらくの後戻ってみると、「まだいる!」

入り口で迷っていると、こちらに向かって歩き出す、Mr血だらけ。
すると、東洋人のへたれ野郎を見かねたか、分厚いガラスの向こうからGSの親父が現れた。
ナカナカでかくて、しぶとそうな親父、親父は手を振ってなんか叫んでる。
緊張の面持ちで眺める、へたれ3人組み。
すると、おおっ、去っていくMr血だらけ。手招きをする親父。
おずおずと車を寄せる。外に出ると
おおおおっ、親父の右手には夜目にも鮮やかな、ステンレスフィニッシュが!
なう、なんたらかんたら、あんだーざこんとろーる
とらすとみー
などと言っている。ありがたや、給油をする。
昼間買った、GS缶にも給油して、後ろ向きな安心感を得てほっと一安心。
「おっちゃん、りあり ぷりしえーと」
おー、のーぷろぶれむ
お礼にちょっとチップをあげる。
親父、親指立てて、「
ぐっどとりっぷ」言葉すくなに笑顔で戻っていった。
ちなみに給油中に聞いたところによると、おっちゃんのステンレスフィニッシュは
スタームルガー モデルKGP100 357Mag だそうです。
ストッピングパワー抜群だそうです。使ったことあるんかね?

時計を見ると、11時55分だった。


#4
三日目、寝てないけど三日目。午前1時45分、まだ見つからない。
今思うと、初めての外国で、夜中の家探し。バカの見本だね。効率悪いったらない。
それに、危険。
明かりが見えたので、深夜徘徊のコゾーのように吸い寄せられる。
おなじみのセブンイレブンだった。人もいる、繁盛してまんな。

いらいら、あせあせ100%オーバーの3人組み。
自然と年少者で、へたれの誉れ高いI君に矛先が向く。
K君いわく「お前、あそこに行って道聞いて来い」(ちなみにIはKの職場の後輩)
「えー、だって、わかんないのに」
「イーから行って、少しは役に立って来い!」厳しいね!止めないけど。
泣きながら社外に出て行くI君、すかさずドアロックするK君。
しばらくの後、以外にも笑顔で戻ってきた。見るからにご機嫌。
「ばっちり、わかりましたよ」地図を広げると現在地と目的地に赤丸。
上々の仕事だ。
「そんで、なに買ってんだよ、お前」あくまで怒りモードを崩さぬK君。
「えへへへへへ、エロ本」表紙にはおなじみの
XXXの文字が。
鑑賞会が行われそうな雰囲気だったので、「行こう、近そうだ」
と。皆さんを促す。
人間、命の危険やストレスを感じると、エロに走るのね、男の本能、疲れマラ?

午前3時を回ったころ、目的地をストリートサインで確認。
疲れ果て、住宅街の一角で寝ることに。
それでも、万が一を考え、外に張り紙をして寝ることにした。
「Mag7を探して、ここで力尽きました。邪魔だったら起こしてください」
張り紙をして、車内に戻るとすでに寝息が聞こえてた。
俺も、電池が切れたおもちゃの人形のように、ベッドに倒れこむ。
目の前の景色がフェードアウトしていった。

「ううっ、暑い」あまりの暑さに目がさめた。
 顔を洗って良く冷えたミネラルウォーターを流し込む。
 かっちょいー!
 とたんに腹がぐるぐる言いだす。
 かちょわりー。
 トイレに入る。座って考える。なんか、人様の庭先でう○こしてる気分。
 あながち間違いではない。誰かの家の前にキャンパーは止まっているんだから。
 これって、ごくごくライトな露出プレイ?


出したら腹が減ったので、昨日の残りのサンドイッチを食いながら、カーテンをめくってみると
すっかり一日が始まってる感じ。時刻は午前9時だった。

Mag7のミーティング会場は、すぐにわかった、なぜなら昨晩張った張り紙に、レスポンスがあったからだ。
「良く来たね、会場はこの先右に入って突き当たり」

早速行ってみると、長身でやさしそうなおっさんが、大きくてを広げて迎えてくれた。
「よく来たね、こっちでコーヒーを飲まないか、ドーナッツもあるよ」

やっと始まった実感が込み上げてきた、俺はバハに来ているんだ。
柿の木が見をつけていたのを覚えている。今思えば珍しい木のはずだった。

そろいのTシャツのスタッフたちと挨拶を交わしながら、庭に置かれたテーブルに向かった。

「始めてかい?誰にでもルーキーだった時代がある」
「リラックスしてレースを楽しんでくれ、俺達がコースのいろんなところで君を待っている」

にこやかに声をかけてくれる、各ピットのキャプテン達
頼り甲斐のある兄貴や、親父のようだった。
これだけでも完走の自信が沸いてくるってもんだ。

十分な説明を受け、打ち合わせを終わり、参加者全員の名前の入ったシャツをもらい
胸に自分の名前とゼッケンを見つけ、少しだけ気恥ずかしい気分だった。

その後サンディエゴの市街地に入り、今夜の宿を探した。
今夜は疲れを取るために、広いベットで寝ることにした。
宿に行く前にレモングローブという街のバイク用品屋で、ヘルメットを探した。

オープンフェイス派の俺は、生まれて始めてベルのフルフェイスを買った


#5
明けて4日目、糊の効いたシーツの広々としたベットでゆっくりと眠った朝は、当然さわやかだ。
疲れていたせいもあって、9時過ぎまで寝てしまった。
本来なら、今日、3人でメキシコ入りのはずだったが、少し予定を変更することにした。

明日、もう一人のメンバーである、私の兄がアメリカに入国してくる。
兄貴は、空港近くのレンタカー屋でサポート用のバンを借りて、南下。
国境を越えてエンセナダに入って、合流する予定だ。

 しかし、3日の経過を見るに付け、それは不可能だということが判った。

 チームでナントカ英語でコミュニケーションできるのは俺だけ。
 その私も、苦労しっぱなしの3日間だった。
 マクドナルドはマックダナーと聞こえるし、ホットドックはハットドック。
 覚悟はあったけど、移動距離の広さといい、さまざまな生活のルールといい
 あまりにも判らないことが、多すぎる。もちろん兄貴も、アメリカは始めて。

兄貴には無理だ、無理だ、人魚のセックス、亀の腹筋ぐらい無理だ。

当然他の2人からは若干の非難のうめき声があったが、次の一言で納得してもらった。
「一人でできると思う?」
それに、ここで早速行方不明者や、逮捕者を出してもレースは台無しになってしまう。
いや、マジで。でそう。

そうと決まると、速く入国したい2人は、LAに戻る手段が決まらない俺に、いらついてるみたいだった。
空気が重い、言葉も少ない、2人を責めてはいけない、誰だって少ない時間をやりくりして来ている。

そう判っていても、こっちもいらついてくる。悪い癖が出てしまった。
目先の悩みより、安全確保より、重い空気の中から一刻も早く出たかった。

「車を止めて」「俺ここで降りるわ」
最低限の荷物を積めたバックパックを持って、外に出た。
そうなると「こんなとこで、大丈夫ですか?」「もう少し、行ってみましょう」
声をかけてくれるが、それで妙案が出るとも思えない。

言葉をさえぎるように「気をつけて行けよ」と言って歩き出した。
昨晩、念入りにシュミレーションした、入国も道順も完璧なはず。
入国はバハのビデオでバーチャルに経験済みだし。

さて、この裏町でうろうろしていてもしょうがない。タクシー拾って、レンタカー借りて
LAに戻って、レンタカー乗り捨ててなどと考えるがタクシーは走っていない。

あせる俺、歩きつづける、何も見つからない、参ったもんだ。
お店も無い、変な人(そう見えた、びびりのあまり)ばっかり歩いている。

途方にくれかけた俺の目にでっかくて、なにやら頼り甲斐のありそうな看板が飛び込んできた。
サンディエゴポリスデパートメント!ふふふふのふ、もらったな。

困ったときには公僕に頼る。これだ。
サンディエゴのおまわりさんは親切だった。
車より、ひこーきでぶーんと行っちゃいなさい」「安いし、速い、手間いらず。
そういって、タクシーを呼んで、この迷える紳士を、空港に連れていって差し上げて。
などと説明し、「LA行きのコミューターはいっぱいあるから」と笑顔で送り出してくれた。

空港について、すぐに目に入ったのは、インフォメーションのサインだった。
其処にはアロハなんぞ着込んだじーさんが座っていた。
「LAに行きたいんですが」じーさんに尋ねてみた。
すると「すぐ出る奴があるよ」と言ってメモに便名を書いた紙をくれた。
まっすぐ行って、左から二番目のカウンターでこの便のチケットを買いなさい

礼を言って歩き出す俺の背中に、「いそいでー」と声がかかった。
小走りにカウンターに行くと「あいてます38ドル」と言われて、あっさりとチケットは手に入った。
この先左にまっすぐ、18番の表示に向かって走ってください。
走って!?いそいでー」またもや声がかかる。空港についてから15分と立ってない。
走っていくと、トランシーバーを持ったおばさんが手招きしている。

言われるままにドアをくぐると、そこにはアイドリング?する小型機がいた。
チケットを渡して、搭乗。すぐにシートベルトを締めるように言われ、小型機は動き出した。

Gが掛かってシートに押し付けられる。もはや地面に足はついていない。
空港について、われわれ日本人にしてみれば、ほんのわずかな時間で、俺は機上の人となった。
あたかも、八時ちょうどのあずさ二号に乗りこむがごとく。あっさりとしたものだった。

30分後、LAに到着、おまわりさん、じーさん、おばさん、ありがとう。おかげで無事に着きました。
ちょっと、小説のワンシーンのような一時を楽しんだ俺は、アメリカを実感しているのだった。


#6
さて、今夜はこの地にすんでいる友人夫妻の家に泊めてもらうことにした。
急な申し出にも嫌な顔せず、持つべき物はLAの友人である。

翌日は友人の奥さんに空港まで送ってもらい、兄を出迎えた。
国際線の到着ロビーは、大空港にもかかわらず、最終的に狭い(と言っても幅5〜6m)
通路になるので、人を探すのは簡単なことだ。
到着した兄に、今までのことをかいつまんではなす。納得しているようだ。
みんなで食事に行き、その後、かねてから予定のレンタカーを借りる。
フォードのカーゴバンだ。
兄はそのでかさに驚いている。オレはその小ささに喜んでいる。(モーターホームと比べればね)
友人の家によってお礼と挨拶をする。餞別に大量のりんごとレモンをもらった。

もうすでに慣れ親しんだフリーウエイ405に乗る。今日の目的地はサンディエゴだ。
今日はスムーズに事が運んだ、後は2時間ほど快適なドライブを楽しめば、飯食って寝るだけだ。

いつもは素直に弟を誉めない兄も、「一人じゃ難しかったな」と言っている。
そりゃーそうだ。始めっから計画に無理があった。

今日だけではない、一見、慎重に考え抜かれた今回の計画は
少なからず高揚しているメンバーの勢いと、びびるがあまり慎重過ぎる重い心
絶妙にクロスオーバーしたスンゴイ計画になっているのだ。
つまり、部分的にはオーバークオリティー、部分的には、ぜんぜん、心配りが足りません!
つー調子なのだ。あー、もう、オレはそれに気づいてしまった。

 この先の苦難を予想して嘆き悲しんでいてもしょうがない、車はどんどんと南下していく。
 LAからサンディエゴに向かう途中、一箇所だけ日本で言うSAがある。
 海が見えて、トイレがあって、芝生もあり、ケータリングカーが何台か止まっている。
 ここによって休憩を取り、走り出してすぐ、十分も立たないうちに車がおかしくなった。

 スロットルを踏み込んだ瞬間、「ボ−−−−−−ッ」失火したようになる。
 最初はたいした事はなかった。でも、だんだん頻繁に起きるようになって。
 どんどん悪くなって、終いには、踏み込み→失火→エンジン停止となるようになってしまった。

目的地まで、残り、約20〜30kmだましだまし行くしかない。
やっぱり、なにかあるのね。ため息が出た。

出発前にいろいろな人から、アメリカの治安の悪さを吹きこまれている兄は
暮れゆく夕日の中で、青くなっていた。
先に青くなられると、自分は青くなるわけにはいかない。
走行車線をゆっくりと走る、スロットルを慎重に踏んでいくと、70km/hぐらいは出る。
そのまま走って、昨晩泊まったモーテルにやっとのことでたどり着いた。

チェックインの後、宿のおばサンに電話帳を借りる。
なにか探し物?
問われるままに答えてみる。すると、「私が電話してあげるワ」と言ってくれた。
あなたよりは英語に自信があるわ」とジョークを飛ばし、レンタカー屋に電話してくれた。

すごい勢いで交渉してくれた、有無を言わせずと言った具合で
いかに私のゲストが、お前のところの整備不良のレンタカーの所為で困っているか
すぐに、修理にくるべきだ、代わりの車は無いのか?もちろん全て無料で対応するんでしょうね?
言いたい事は全て代弁してくれた。
結局、明日の朝持ち込むことにして、走行不能になったら迎えに来てくれることとなった。
幸い、レンタカー屋のオフィスは10分とかからないことも判った。
ボキャブラリーの全てを駆使して御礼を言い、部屋に戻った。

近所のダイナーに食事に行った。好物のマッシュドポテトにグレイビーをかけた奴。
お代わりをして、満腹になった。トラブルが一応、解決したので明日はメキシコだ。
時差ぼけと、いきなりのトラブルで憔悴した兄も、食事は食べられたようだ。

初めてのメキシコ。島国に住む人間にとって、陸路での越境は日常には無い行為だ。
少なからず不安もある、しかし、国境を越え、メキシコで冒険者となることに心が高揚した。

宿に戻り、眠れないなと思っていたら、あっという間に眠ってしまった。

夜が明けた、兄はすでに起きている様子だった。
昨晩行ったダイナーで朝食を済ます。
荷物を積んで、チェックアウトをしにフロントに行った。
おはよう」「良く眠れた?」おばさんは今日も元気だ。

「おはよう、昨日はありがとう、助かりました」
昨日の礼を言って、会計を済ます。
メキシコに行ったら、お水に気をつけなさい、ミネラルウォーターをたくさん買っていくのよ
困ったことがあったら、電話しなさい
まるで母親のように気遣ってくれる、なんだかくすぐったいくらいだ。
しかし、異国での好意はありがたいもので、実際助かった。

パーキングで車のチェックをする。なんとかエンジンはかかった。
すると、おばさんとは対照的な、無口な親父が出てきた。
手に、でっかいペプシのボトルを3本抱えている。中身は水のようで。
それを俺に向かって差し出して「ヒートに気を付けてな」と言って
少し腕を上下に動かし、受け取るように促した。
「ありがとう」礼を言って受け取ると、親父は少し笑って、右手をジーンズのポケットに突っ込んだ。
ナイフは持っているか?」と聞かれたので「持ってない」と素直に言うと
ポケットからフォールディングナイフを取り出して、俺に握らせた。
メキシコに行くのに、ナイフぐらい持っていなければいけない
Good Luck」親父はまた少し笑って、きびすを返して戻っていった。
後姿にもう一度礼を言うと、背中を見せたまま右手をあげた。

何年か、お守りのようにそのナイフを持って歩いていた。
今も、その古びたナイフは、机の引き出しに眠っている。

さあ、行かなくちゃ、人の好意を受けて本来なら元気が沸いてくるものだが
なぜか、寂しいような、懐かしいような、言ってみれば感傷的な気持ちにとらわれた。
これじゃ、とても冒険者になんかになれやしないな。

車を振り返ると、兄がすでに助手席に収まって待っていた。
まず、レンタカー屋に行かなければ行けない。
ゆっくりとスロットルを踏み込み、通りに面した出口に向かう

 車の通りは多い、一日が始まっている
 きっと今日は昨日より、もっと長い一日になる気がする。
 レンタカー屋に行った後、買い物をして、国境だ。

 おばさんが表に出てきて手を振って見送ってくれている、親父は後ろに立って
 文字通り、見送ってくれていた。
 親父から見たら、俺はきっと、えらく頼りない奴に見えたんだろうな。

Kマートに寄ったら、スポーツ用品コーナーででっかいナイフを買おう。
そいつを腰にぶら下げたら、少しはメキシコへ冒険旅行に向かうように
見えるかも知れない。


#7
車はあっさり治った。
点火ユニットを交換したのだ。(CDIみたいな奴)
すっかり調子よくなったバンでフリーウエイを南下する。
ラジオから流れるドゥービーブラザーズ、たった数日なのに
もう何年もCAにすんでるような顔をして、サングラス越しの景色を眺める。
今日も良い天気だ。
やがて、サンイシドロの出口が近い、ロードサインが出てくる。
この街はアメリカ最後の町、その先はメキシコだ。
国境を越える前にフリーウエイを降りて、スーパーマーケットによる。
ウダウダとスーパーを眺めて回る。
前回の買出しで足りなかったものを少し買い足した。

クーラーボックスに氷を入れて飲み物を冷やす。
秋も深まりつつある日本から比べると、2度目の夏休みのような気候だ。
空気も乾燥していて、飲み物に自然と手が伸びる。

フリーウエイに乗りなおして、いよいよ国境だ。
前方に高速の料金所みたいなのが見える。ひょっとしてアレが?国境?
パスポート見せて、どこから?どこ行くの?
おーバハね、行っていいよ
荷物の少なさが良かったのか、あっさりと国境通過。
緊張してたのに、拍子抜け。
ゲートを抜けて走り出す、すぐに分岐だ。
なれない文字に戸惑いながらなんとかエンセナダ方面に合流できた?ようだ。

すぐに町並みは見えなくなり、切り通しのようなところを、上がって下がって
すると、だんだん景色が良くなって、やがて、梅が見えたじゃなかった、海が見えた。

 こちとら若干ビビリながら走っているせいで、のんびりペースを保っている。
 であるからして、景色が良く見える。
 交通量もぐっと少なくなって、海沿いを走るルートは至極快適だ。
 人間、うまく自身を保護するように働くようで
 情けないことに、わずかな+イメージを捕まえて増幅し、なんとか現在の高ストレス状態を
 ほんの短い間だけども、ストレスフリーに持っていき、心の力を温存しようとするらしい。
 
 だから、今の僕って、感激屋さん。 う〜ん海が、空が、美しい。 
しかし、気分良くドライブを楽しんでいる場合では無かった。本日の最重要仮題、合流があったのです。
このまま順調に行けば後一時間ほどでエンセナダにつくはず。その後、うまく先発隊と合流できるか。
こいつが、出発時の予定とは違う突発的なものなので、十分な打ち合わせもできていないし
彼らがうまいことすごしているかも心配です。予定ではすでに一日プレランを済ましているはず。
何かアクシデントでもなければいいが。
あれこれ考えているうちに景色が変わり、有料道路が終わり、ロードサインにしたがって進んでいくと
いよいよエンセナダだ。

街は思っていたより広くてにぎわっていた。初めてのメキシコの町。
漂ってくる香辛料の匂い、町並みにはパームツリー、観光用と思われるが馬車がのんびりと走り
それとは対照的に、レースカーが街中を堂々と走っている。
期待と不安が入り混じり、バハに来た実感を強く感じる。
街の中心部あたりと思われるあたり、土産物屋が建ち並び、人目でそれと判る派手な塗装や
ステッカーバシバシのレース関係の車が路上駐車している通りにひとまず車を止めた。

これからの予定、レースの準備やプレランのことを考えると、今日中にはどうしても合流したい。
先発隊はRVパークにチェックインしているはず。幸いホテルやモーテルが宿泊施設の中心のこの街では
RVパークの数が少ないと言う事前情報がある。ツーリストインフォメーションで確認してみることにした。
すると、この街にRVパークは、なんと、一軒しかないという。場所を教わって早速行ってみる。
受付に行くと、えらく手ごわそうなオバサンが、ヌッ!てな具合に出てきた。
オバサンは見た目よりもやさしくて親切だった、しかし、スーパーハスキーな声は怖かった。
宿帳をめくって探してくれたが、我らが同朋の名前は無かった。

礼を言ってパークを出る。当ても無く街を走る。
街を流していると、他の日本からの参加チームにぽつぽつ出会う。
顔見知りの方たちには、事情を話してメッセージをお願いしたりする。
ちょっと疲れたので休憩することにして、パティオのある茶店でお茶にする。
「失敗した、もっと細かく時間や場所を決めておけば良かった」
RVパークで、なんて大雑把過ぎたかな。
気を取りなおして再び捜索開始。

今度は方針を変えて、大通りに車を止めてじっと待つ方式に換えてみる。
通りを見ていると、退屈することは無い。初めての街で人や車を見ているのは
意外と面白いもんだ。
イラチな兄貴は、じっとしていることができず、うろうろしている。
ずっとうろうろしてる、まるで動物園の熊だ。
たいして広くも無いこの街で、出会えないなんてことは無いはず。
そう思って、今日の捜索に見切りをつけて宿でも探そうと思っていたら。
来た来た来た、逢えました。目の前を通りかかったキャンパー。
ガッと止まって出てきた二人は、思いのほか明るい表情で、ほっとしました。
つられてこちらも「パーッ」て感じで気分が盛り上がっちゃいました。
私の心配をよそに、彼らはメキシコでの生活を楽しんでいる様子でした。
いいことだ、と思いましたが、できすぎている?
いやいや、彼らのポテンシャルが追い詰められた状況で花開いた!
話を聞いてみましょう。
興奮して話す彼らの話を要約すると
メキシコ入国してすぐに、2人組みのプライベータ−に逢って
意気投合し、彼らが宿泊地としている
まるで、フリオイグレシアスが税金対策でやっているかの如し
すんばらしい、リゾートでキャンプしているとのことでした。
早速にその、街の中心地から10分ほど走ったリゾートに行ってみることに。
半信半疑だった私を待っていたのは、彼らの言うとおりの
すんばらしい、リゾートにある、RVパークでした。

 ゲートには24時間門番がいて、リゾートの中も24時間ガードマンが見まわり
 ホテル、コテージ、プール、テニスコート、レストラン、プライベートビーチは
 言うに及ばず、その一角に、清潔なシャワールームにトイレ、レンガ敷きのダンプ 水場
 電源付きのオーシャンビューRVパークがあるのでした。

 「あーこりゃいいや!」思わず声に出るくらいいいところでした。
 同じRVパークの住人達は、多くはアメリカの老夫婦(リタイヤ旅行)
と言った人達で、陽気で、フレンドリーな人達ばかり。
見るからに安全、快適、疲れた身体を休めるには、最高の場所でした。
フリオイグレシアスが税金対策でやっているかの如し、とよく言ったもんだ。
k君に座布団一枚。
ばたばたとした数日間の疲れを癒すため、自炊もせず、レストランで分厚いステーキ
など食って、ベットにもぐりこみ、惰眠をむさぼる私でした。


#8
さわやかな目覚め、小鳥たちのさえずり、波の音、潮風が頬をなぜる。
「モーニン」隣のキャンパーと朝の挨拶を交わし
ついでにコーヒーのお裾分けなどいただきながら、ゆっくりと考える。
「・・・・・・・・・・」
結局プレランができなかった、コースはタフらしい。えらくナーバスになっている我が兄。
ああ、このさわやかな朝の空気に比べ、なんと重い我が心。

そんなことを言ってても始まらないので、のろのろと動き出す。
今日はなんと車検の日。終わったら夜はライダースミーティング。
そして、明日はレースのスタートだ。

エントリー関係の書類の確認。
バイクの整備に、装備品の確認、個人装備も確認しなくては。

とりあえずバイクをチェックして、ヘルメットとウエストバックの中身をチェック。
車検に必要な準備を整え、カーゴバンに乗り込む。
兄貴はバイクに乗っていくようだ。ま、積まなくてすむから楽ですね。

まず、コンベンションセンターで受け付け。
手首にリストバンドを巻かれ、ググッと実感がわいてくる。

車検場はストリートを閉鎖して行われていた。

早めに出てきたので、まだ二輪の車検場はすいていた。
ZZトップのようなひげのおじさんがいる.
そのヨコには、オオッ噂に聞く満身創痍、片腕のおじさん。
これが噂に聞く、おっかない車検官コンビ。
書類を見せて、バイクをチェック、次に装備品をチェック。
ヘルメットをチェックしたら、チェック終了のステッカーを貼る。
バイクのエンジンマウントなどにペイントをして。
億3はおっかない顔を俺に向けて一言。
「ヘルメットのステッカー、オレンジのにおいがするんだぜ」で、ニカッと笑った。
すごみのある笑い。
「初めてなんです」というと。
「ルーキーは完走できる、大丈夫。もっと気楽になれ」
と、俺の緊張をほぐしてくれる。

さあ、これで後はライダースミーティングを終えれば明日はスタートだ。
一旦宿に戻り、バイクをおいてもう一度街に戻る。

イロイロな出店が出ていて、愉快でにぎやかな街。
シャツや、帽子等買い込み。
タコスやチュロスなどをつまみ。
他のレーサーなどを見て時間をやり過ごす。
四輪レーサーがやけにでかく見える。
こいつらと一緒に走るのか!と思うとちょっとびびる。

オープンカフェで一服して、いい加減見る物もなくなったなーと思っていると
知り合いの日本人チームの方たちと逢う。
コース情報など交換して、和やかに過ごす。
しかし、刻一刻とスタートは迫ってくる。

ライダーミーティング、大盛り上がり。英語聞き取りにくく大盛り下がり。
隣にいたBFGのおっさんが親切にも「わかったか?」と聞いてくれ
大まかな補足をしてくれる。なんていい人!

その後夕食、皆さん食欲がない模様、注文が控えめ。
私はステーキなど注文してがつがつ食う。
レストランのお兄さんが、レースに勝つならとんがらしだ!
と訳のわからんことをいってでっかいトンガラシをくれる。
送られたエール、ありがたく頂く。
さあ、ナーバスになっている皆さんはほっといて寝よう。
何たって、明日はレースだ。

昨夜の寝付きは良かった。
しかしながら、緊張のためか目覚めが良すぎた。まだ、3時だ。
スタートは6時。しかし、今回のスタートはエンセナダではない。
約40分ほど車を走らせた、オーホスネグロスという小さな街が
今回のスタートラインだ。
オーホスネグロスまで40分程かかる。
それにしても、ちと、早いので二度寝にトライ。
だめ、やっぱ緊張してるのか眠れない。仕方ないので装備品のチェック、バイクのチェックなどする。
ごそごそしてると、皆さんも出てきた。
朝食を済ませ、コーヒーを飲み空を見上げていたら時間になった。
国道をバンにバイクを積んで、オーホスを目指す。
曲がりくねった道を上がって、下り始めるとオーホスが見えた。
T字路を左に入り、村の中に入りスタートラインをさがす。
スターターは兄貴。準備をして早々に並び出す。

客観的に見て、真新しい装備品やはやりのジャケットなどが、何というか
痛々しい?いかにもルーキーらしく見える。
何もかもが一体感を拒否してバラバラ。
何か、不安になる。

なーんて考えてるウチに、おろっ!兄貴はスタートしてた。

道を南下してボーレゴに向かう。
途中のスタンドで給油ポンプにステッカーを貼る。
群がるガキのでこにも貼る。

ボーレゴはサポートの拠点
チェイスバン銀座。

うんこして
後はボーっとして過ごす。

あー。数時間後には走るんだ。

武者震い。

あああああっ。

マインドコントロール開始。

全開で走れ。出来る限り速く走れ。

動く物が見えたら。ためらわず抜きされ。

お前は速い。

あああああああっ。走りたい。

訳のわからん気合いが満ちてきた。

俺に触るな。触ると切れるぞ。

バイクをよこせ。

はやく。



ああああっ。マインドコントロール失敗。

速くスタートしすぎて。

緊張の糸、スタート前に切れる。

再び、ぼーッとして過ごす。

と、兄やっと来る。

#9


バイクにまたがり、ぼーっと走り出す。

キガクルウ・ゼンカイニナル。

ピットロード全開。

両側にピットが並ぶストレートを走る。

もちろん全開。

一瞬正気に戻る。きっと防衛本能。

目の前に逃げまどう青い目の人々。

そこはT字路。

奇跡が起きて。曲がれる。

再び全開。

ドライレイクに入る。

一気に視界広がり。パノラマ広がる。

4速。5速。全開。もう一個ギアが欲しい感じ。

真っ平らなので。全開で休める。高速道路のような状態。

そのうちエンジンからきりきり音。

やばいのでスロットルゆるめる。

あああ。背筋を快感が走る。

俺は今、一番でかいXRを全開にしている。

ああなんて良い響き。「全開」

全開は気持ちいい。

セックスより気持ちいい

しかし、このままのテンションでこれから来るナイトランに突入すると

たぶん、いや、すぐ、死ぬだろう。

んで、うまいこと正気に戻る。

スラロームなんぞやってクールダウンする事に。

おおっ、だだっ広くて程良く滑る。

な〜んて楽しいんだ。

うお〜、でっかいドリフトスラローム!滑ってる時間が異様に長いぜ。

気持ちいい。

セックスより気持ち・・・・・

正気に戻らねば

速度を若干落として、スタンディングで屈伸などして

マーカーを確認。この先のコースを頭に思い浮かべる。

いいぞ、本来の集中力もちょっち戻ってきた。

そんなこんなで、ドライレイクは終了。

マーカーに沿ってコースらしい細い道に入る。

右に左にコーナーが続く。バハはこんなコースも多くあるんだなーと今更ながらに実感。

適度にストレートもあれば変化もある、退屈しない路面が続く。

しばらくは走ることに集中できた。

徐々に暮れてくる空。

ゆっくりと夕闇が迫ってくる。これからが、自分の持ち場の本番だ。

地図上のコース最南端、ここから折り返してスタートしたオーホスネグロスに向かって走る。


悪名高きマトミウオッシュに突入していく。

砂のウオッシュボードが延々と続く。時々大きな石が砂の中に隠れているので、神経を集中して走る。

もし、ヒットしたら転倒するかもしれない。どっちみち何らかのダメージはあるはず。気が抜けない。

しかし、走っても走っても終わらない。距離で行けば20キロちょっとのはずなんだけど。

速度が低いのと、精神的にいやがってるのと相乗効果で余計に長く感じる。ここら辺で200キロ以上は走っているせいもある。

休憩を取りたいのだが、止まるのが面倒で、無休で走っていた。砂の中だと余計に止まるのが面倒(再発進が面倒)

ウオッシュが苦手だから、止まってからリズムに乗るまでが大変そうに思えて、止まれない。

あ〜目が追いつかないなーと思っていたら、「ガッツーン」隠れ石にヒットして見事に転倒。いい、痛い。

強制的に止まらざるを得なくなり、ついでに休憩。水を飲んで、チョコレートを食べる。更に一服付けたりして。

静かだ、エンジンが止まり、ライトも消えるとこれぞ真の闇だ。あんまりくらいのでちょっと怖い。頼りないヘッドランプの明かりで

車体の点検。だれてくる前に出発することにする。

いい加減もうすぐ終わるだろー、気合い入れていこう!と、走り出して十五分も立たない頃だった。前方に手を振る人影。

止まってみると、アメリカ人のおっさんだった。闇の中にXR600も止まっている。

「どうしたの?」「エンジンが止まってしまったのだよ、原因は分からない」と割と明るく言う。

スタックカードをピットに届けてくれないか」「もちろん引き受けるよ」

この、国道から遠く離れた闇の中で、おっさんはきっと、最低でも7〜8時間は待たなければならないのだろう。

手持ちのカロリーメイトやチョコレートをあげた。

グッドラック」おっさんはスタートする俺のバイクを後ろから押してくれた。

リタイヤのリアルな姿をみてしまって、余計慎重に走り出す。あんなところで一夜を明かすのは絶対に嫌だ

やっとマトミウオッシュも終わったかのようで、林道のような走りやすいコースに変わった。

自然とペースが上がる。少しでも早くバトンを渡したい。でも、慎重に慎重に。

しばらく走るとバイクの調子がおかしい?ふけ上がりがわるい。すっごく気になる。

三十分も走っただろうか、調子はどんどん悪くなっていって、とうとう止まってしまった。

「ああっ、ここでリタイヤか?」絶対嫌だ。自分の知識を総動員してバイクをチェックする。

でも、限られた工具だけでどこまでできるか。エアクリーナーをはずして、キャブレターのフロートチャンバーを

はずしてみる。砂がすごかったと見て、クリーナーは真っ白。キャブにも砂がはいっているもよう。

キックを繰り返す。かかった!でも、スロットルから手を離すとすぐ止まる。ふけ上がりも悪い。

「進めるところまで進んでいくしかないな」あきらめて走り出そうとしたとき、一台のピックアップトラックが止まった。

どうした、トラブルか?」 声を掛けてくれたので状況を説明すると「ついてきて!」と言ってゆっくりと走り出した。

訳も分からないまま、あわててついていく。十五分と走らずに、明るい照明が見えてきた。でっかい看板。

XR’sOnly」うわっ、なんか良いところにつれてきてもらっちゃったよ。

男はピットスタッフに状況を説明している、するとそこにいた5〜6人のスタッフ全員が俺のバイクに飛びついた。

キャブをはずす人、テスターで電装をチェックする人、エアクリーナーを洗う人、スポークの増し締めをする人と

すごい勢いで整備が始まった。ブロンドの強そーなおばさんがジュースをくれた。「さあ、休んでいなさい

優しい。「バハカリフォルニア半島で一番整備が早くて確実なピットよ!すぐに直るわ!」おばさんが太鼓判を押してくれた。

俺もそう思う。そうこうしているうちに快音が響いた。すげー調子良い音、軽いふけ上がり。アットいう間に俺のバイクは

18歳の朝のようにびんびんになった。「OK!いつでも行けるよ!」声が掛かった。

財布を出して。「ありがとう、修理代を払わせてください」と言ったら。「ステッカーを貼らしてくれ!」と言ってXR’sOnlyの

ステッカーを貼ってくれた。男前になったおれのXR。「エンセナダであったらビールをおごってくれよ!さあ、レースの時間だぜ

おっさん達は修理代を受け取らなかった。身支度をしてバイクにまたがる。コース上にスタッフが並んでGOサインを出してくれた。

おっさんたちの「GO、GO、GO」と言うかけ声の中、最高に気分良くスタートした。フラットなコース。高揚した俺は全開でXRを走らせる。

すぐに国道へ出た。しばらく走ると見慣れたバンが止まっている。交代ポイントだ。無我夢中で、全然距離感がつかめていなかった。

知らず知らずに470キロが終わっていた。手短に状況を説明する。「整備はいらないよ!絶好調だよ」話を聞いてバイクのダメージが

気になってた次のライダーのK君はすごく安心したようだった。

K君を見送って、一息つく。今回のレースは1200キロを3人で一回ずつ走る。自分のパートを無事に走り終えてホットした。

後はサポートバンでエンセナダに向かう。途中一回K君と合流して最終チェック。後はゴールまで一直線だ。

期待と不安のフィニッシュライン。明るいメキシコの陽光を浴びて、K君は無事にフィニッシュした。

フィニッシャーバッジを受け取る。感無量。長かったレースデイが終わり、「ま、こんなモンかな」と俺はレースを締めくくった。



当初、絶対に完走は無理だと思っていたので、自分としては上々の出来だと思う。しかし、全体としてみればどべだ。

自分の圧倒的な技量不足、経験不足を痛切に感じ、また、大変な幸運であったことも感じた。

最初、嫌で嫌でたまらなかったこのレーストリップ、気が付けばバハの魅力にはまってしまっている私でした。

ぐあーっ、もう一回来て、もっとまともなレースらしいレースがしたい!

翌年はエンセナダからラパスへのフルコース。他のエントラントからの「See You Lapaz!」の挨拶にちょっち盛り上がる私でした。
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